虻(アブ)とミヤマシロチョウ


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虻の顔はすべて恐ろしそうに見えます。 それは私が虻アレルギーだからです。 嫌い、という意味のアレルギーではなく、本当のアレルギーなのです。 虻に咬まれるとその周りの皮膚に発疹がでたり、水泡ができたりしてしまいます。 花粉症がある年突然に発症するように、私もある年、虻の大群に囲まれ散々な目にあったのをきっかけに虻アレルギーになってしまったのです。 私は子供の頃から地元の雑木林を歩き回っていましたし、虻に刺されることなんか珍しくもありませんでした。 蝶の写真を撮るようになってからも、山に行けば、ときには虻に咬まれることだってあったのです。それでも私は運が良いのか本州では虻の大群に出会ったことがありませんでした。

最初に虻の大群に出会ったのは、学生の頃、北海道の石狩岳に登ろうと麓の河原でキャンプを張ったときでした。 ここは大変なところで、虻の大群、蚊の大群、プヨの大群が乱舞し、こちらに隙が有ろうと無かろうと無条件に襲いかかってきました。 何処からか蚊がテントの中にまで入り込み眠れぬ夜を過ごしたものでした。 その後、北海道の比較的標高の低い山の中や湿地では何処でも少なからぬ虻や蚊にまとい付かれるのだ、ということを知りました。 ですから、私はある年まで虻に咬まれてもアレルギーが出るなんてことはなかったし、北海道をのぞいて、虻や蚊の心配なんてしたことは無かったのです。

その、ある年の前の年、ミヤマシロチョウの写真を撮りたくなりました。 撮影場所を考えているうちに、むかし、八ヶ岳から流れる川をを登りつめたところに、たくさんのミヤマシロチョウが飛んでいた場所があったことを思い出しました。 ここの良いところは、廃道になったらしい登山道を登っていくためほとんど人に出会わないことです。

早朝、車で登山口に着くと、そこは大きな別荘地になっていました。 別荘地を抜けると道は細くなり、更に登っていくと数台の車を置ける小さな広場がありました。 そこには何と、「ミヤマシロチョウは長野県の天然記念物だから採ったら捕まえる」、旨の看板が出ていました。ガックリです。 勿論、私は蝶を採らないので捕まりませんが、看板があるということは、有名な採集地で、しかも、もうほとんどいない、のが相場だからです。 この看板には、ついでに長野県の天然記念物指定の蝶10種が書いてありました。 ちなみに、ミヤマシロチョウ、クモマツマキチョウ、オオイチモンジ、コヒオドシ、ベニヒカゲ、クモマベニヒカゲ、タカネヒカゲ、タカネキマダラセセリ、ミヤマモンキチョウ、ヤリガタケシジミ、だそうです。 これら殆どの蝶の写真を撮りに何回も出かけていますが、残念です、お見せできるような写真はわずかです。 いづれ章を改めてご紹介します。

でもまあ、夜中に起きてここまで来たのだし目的の場所まで行かねばなりません。 道はここから二つに分かれ、私の行く方は車では行けそうもないのでここから歩くことにしました。 車でかなり登ってきたので目的地まではそれほど歩かなくてもすみそうです。 この年の冬は雪が多かったらしく川を渡のに靴を脱いだりしながら30分ほど歩く頃、数匹の虻が体の周りを飛び始め、目的地に付く頃には10数匹の虻に囲まれていました。 ここの虻はウシアブという1.5〜2cm 位の大型の吸血虻で大きな緑色の複眼を持った獰猛な種類です。

目的地に着いてみると、ミヤマシロチョウの数は非常に少なく、しかも、高いところを通過して行く姿を目撃するだけです。 周囲にはアザミが自生しているのですが、まだ蕾でミヤマシロチョウが吸蜜できる状態ではありません。 ウツボグサが少し生えているので、これに降りてくることを期待して1時間ほど待っていました。 少しでも静止すると顔や服やズボンに虻が付くため、私はこの間足踏みをしながらタオルを振り回し虻を追い払っていました。 少なからぬ虻をタオルで撃退したはずなのにいっこうに数が減る気配はなく、いつも同じくらいの数の集団が私を取り囲んでいました。 虻同士で、攻撃にかかる数が一定になるように協定を結んでいるかと思えるほどです。 タオルで撃たれた虻は仮死状態で地面に転がっていますが、やがて動き出し飛んでいくので数が減らないのは当然かもしれません。 まったく丈夫な奴らです。 ミヤマシロチョウはときおり上空を通過するだけでいっこうに降りてきません。 アザミの花が咲き揃う1週間か2週間後にまた来ることにし、今回は諦めて帰ることにしました。  そして、次に来るときには虫除けスプレーを持ってくることを記憶に明記しました。 この日は、首や腕や足を虻に咬まれ、その後数時間、痒い思いをしただけでした。 この年は、しかし、都合がつかず、ミヤマシロチョウの時期に再びそこへ行くことは出来ませんでした。

さて、次の年、ミヤマシロチョウの時期がやってきました。 撮影場所の候補をいくつか考え、数は少ないものの確実に生息していることが判っている前年の場所に行くことにしました。 前年はまだアザミが蕾だったので、それよりも10日ほど後の日を選んで出かけました。

前年と同じところに車を置き、15分ほど歩いて川を渡った直後、一匹の虻が私の周りを飛び始めました。 しまった、と思いました。 去年、あれからすぐに虫除けスプレーを買って車の中に入れておいたのです。 ですが、一度も使ったことがなく、この時まで虻のことなんかすっかり忘れていました。 明記したはずの記憶は虫除けスプレーを買ったことで消えてしまったようです。 車まで戻りかけたのですが、面倒になり、まあいいか、と再び向きを変えタオルを振り回しながら目的地に向かって登って行きました。 目的地に着く頃には前年よりずっと多くの虻が私の体の周りを飛び回っていて、虫除けスプレーを取りに戻らなかったことを強烈に後悔していました。 前年より少し時期が遅いからか、この年の発生数が前年より多かったのか、あるいは、虻達が攻撃にかかる数の協定を改定したのでしょうか、理由などわかりません。 いっそうの勢いで身体のあちこちをタオルで叩きながら目的地に到着しました。

この年、アザミはきれいに花を開いていました。アザミの花の上でミヤマシロチョウが蜜を吸っています。 ミヤマシロは清楚で美しいなあ、ここに来て良かったなあ、などと思いながらタオルを振る手を止めしばらく見とれていました。 カメラを取り出し、そっと近づいて行くとカメラを持つ手の甲に虻が付いたので思わず振ると、当然ですよ、ミヤマシロチョウは驚いて飛んでいってしまいました。 カメラを構えミヤマシロチョウにそっと近づきシャッターを切るまでの間は虻に対して全くの無防備、隙だらけの状態です。 虻にしてみれば食べ放題の状態で私はミヤマシロチョウを追いながら何枚かの写真を撮りました。 30分ほどで、ついに虻の攻撃に我慢できなくなり荷物をまとめ逃げ帰ってきました。 首と両腕は虻の咬み跡でボコボコです。 尻のほうも何箇所か咬まれています。 ここの虻はかなり凶暴で油断していると服の上からでも、ジーンズの上からさえもチクリと咬んでくる奴らなのです。

痒い痒いと思いながら、ようやく家にたどり着き、痒み止めの薬を付けると少しは治まった感じがします。 そうして次の朝、あらら、左腕のひじから手の甲までが酷く膨らんで、しかもあちこちに水泡ができています。 触ると熱もあるようです。 日曜日なので普通の病院はだめでしょう。 しかたがなく近くの救急病院に飛び込むと受付に医者らしい人がいて、今日は一般患者は診療できません、と言います。 無視して腕を見せると、おっ、どうしたの、酷いねえ、ちょっと見てみましょう、と言って診察室に案内してくれました。 医者には山で虫に咬まれたことを伝えましたが、写真を撮っていたことを言わなかったので、何故こんなに何箇所も咬まれたのかと怪しんでいる様子でした。 どこかの庭に潜んでいたとか、なにやら犯罪の匂いを嗅ぎ付けたのかも知れません。 今日は皮膚科の先生がいないので消毒と注射だけしときますから明日また来てください、とのこと。 消毒後、注射室で妙に優しく話す若い先生に注射を打たれ、1時間ほどそこのベッドで安静に、と言うので、そうしてから帰ってきました。

翌日、注射が効いたのか痒みも無くなり腫れもひいていましたが、水泡だけはたくさん残っていました。 皮膚科の医者に腕にべったりと薬を塗られ包帯を巻かれながら、これはアレルギー症状だからまた同じ虫に刺されたらこうなる可能性が非常に高い、と宣言されてしまいました。 このときから、私は虻アレルギーになってしまったのです。

その後、あの場所に近づいたことはありませんが、虻に咬まれたことはあります。 その度に小さな発疹が出たり水疱ができたりしています。 ですが、これは医者に言われたことが原因の心理性アレルギーではないのか、とも思っているのです。 そおして、あの虻の大群はミヤマシロチョウと同じ時期に生まれ、勇敢にも人の手からミヤマシロチョウを守っているのではないのか、とも思っているのです。


私は虻の名前をほとんど知りません。 写真左はヒラタアブの一種、写真中は虻というよりミバエの一種でしょう、写真右はツリアブの一種だと思います。 ウシアブの写真はありません。 ウシアブに囲まれてウシアブの写真など撮る気にもなれません。

ミヤマシロチョウは本州の中部山岳地帯、標高1000〜2000mの高山地帯に住み年1回、7月に発生します。 食草はメギ科のヒロハノヘビノボラズ(スペルミスではありません)。 以前は食草に幼虫がたくさん付いているのを時々見かけましたが、最近はこのような光景に出会ったことはありません。

北海道にはエゾシロチョウというよく似た蝶がいます。 こちらは羽がなんとなく薄汚れた感じで(ゴメン)、ミヤマシロチョウにある肩の黄色がほとんどありません。


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